炭素(C)— ダイヤモンドと鉛筆の芯は、まったく同じものです|元素の話 #2

ダイヤモンドと鉛筆の芯は、原子が1個も違わない同じ炭素です。違うのは並べ方だけ。なぜ炭素だけが生命の材料になれたのか、ケイ素はなぜなれなかったのか、そしてなぜ0.04%しかない二酸化炭素が地球の気温を決めているのか。回して確かめられる立体模型と、実際に揺れる分子で読み解きます。
元素
化学
炭素
作者

DeepFlows

公開

2026年8月21日

パスタの「カルボナーラ」。あの名前の由来をご存じでしょうか。

イタリア語の carbonaracarbone——「炭」から来ています。carbone はラテン語の carbo にさかのぼり、英語の carbon(炭素) も、まったく同じ語からできた言葉です。

炭焼き職人が食べていたから、という説があります。黒コショウの粒が炭の粉に見えたから、という説もあります。料理そのものが世に出たのは第二次世界大戦のあとのローマあたりらしく、名前の由来は、いまも決まっていません

ただ、言葉の血筋のほうは、はっきりしています。炭も、カーボンも、カルボナーラも、根っこは同じ「炭」です。

そして、この carbone という名前を決めた人物には、前回お会いしています。


ダイヤモンドを、燃やした男

1787年、ラボアジエは仲間3人と『化学命名法』を著し、そこで炭素に carbone という名を与えました。前回、水素に hydrogène(水を生むもの)と名づけた、あの人です。

しかもラボアジエは、その15年前に、とんでもないことをしていました。

1772年、パリ。 彼らは巨大なレンズを組み立て、太陽の光を一点に集めました。焦点に置かれたのは——ダイヤモンドです。

宝石は、燃えました。

あとには何も残りません。代わりに、容器の中の空気が変わっていました。石灰水を注ぐと、白く濁る。炭を燃やしたときと、まったく同じ気体(いまでいう二酸化炭素)が出ていたのです。

つまり、ダイヤモンドと炭は、同じものでできている。

もっともラボアジエ自身は、そこまで言い切ることをためらったと伝えられています。決着をつけたのは25年後、イギリスのスミソン・テナントでした。1797年、彼は粉にしたダイヤモンドを金の管に入れて硝石とともに加熱し、同じ重さの炭とダイヤモンドから、まったく同じ量の二酸化炭素が出ることを測ってみせます。論文にはこうあります。

ダイヤモンドは、炭そのものからできている。ふだんの炭と違うのは、結晶の形だけである。

この一行が、これからお話しすることの全部です。


「元素の王様」と呼ばれる理由

炭素は、地球の岩石の中では決して多い元素ではありません。それでも化学の世界で王様と呼ばれます。理由は、手の数にあります。

手の数は、外側の席で決まる

それぞれの分子はゆっくり回っています。つかんで動かせば自分で回せます。カーソルを合わせる(スマホはタップ)と、その元素の事情が下に出ます。

0 He ヘリウム
1 H₂ 水素
2 H₂O
3 NH₃ アンモニア
4 CH₄ メタン
ヘリウムは0本、水素は1本、酸素は2本、窒素は3本。そして炭素は4本です。多いから王様なのではありません。4本は押しつけるにも受け取るにも中途半端な数で、そのため炭素は相手を選ばず、炭素どうしでも果てしなくつながっていけます。

形は絵ではなく、実測値から立体を組んで投影したものです。棒の長さと角度は H–H 0.741 Å/O–H 0.958 Å・104.48°/N–H 1.012 Å・106.67°/C–H 1.087 Å・109.47°(NIST CCCBDB 収録の実験値)。球の大きさは共有結合半径(Cordero et al. 2008)で、5つの図はすべて同じ縮尺です。1 Å=1億分の1センチ。右へ行くほど手が長いのは、周期表を左へ戻るほど原子が大きいためです。

序章で、周期表の縦の列が「いちばん外側の席にいる電子の数」でそろっていること、そしてその席は8個で満席になることをお話ししました。

炭素は、外側に電子を4個持っています。満席まで、ちょうど半分です。

1族のように「1個押しつければ済む」話ではありません。17族のように「1個もらえば済む」話でもありません。4個も押しつけるのは無理ですし、4個も奪い取るのはもっと無理です。

残された道は、ひとつだけ。分け合うことです。

そして4本の手は、平面には広がりません。たがいにいちばん遠ざかろうとして、正四面体の頂点へ、109.5°ずつ離れて伸びます。図のメタン(CH₄)をつかんで回してみてください。どの向きから見ても、4本が均等に開いているはずです。

ここが決定的でした。手が4本あって、しかも立体に開いている。すると長い鎖も、枝分かれも、輪も、立体的な骨組みも作れるのです。

さらに炭素には、もうひとつ他の元素にない癖があります。炭素どうしで、いくらでもつながっていけるのです。C–C–C–C……と鎖を伸ばしても、結合が弱ることがありません。ポリエチレンの分子の中には、炭素が数万個つながった鎖が入っています。

「炭素だけを扱う化学」が有機化学という独立した分野になっているのは、そのためです。元素はほかに117種類あるのに、1つだけのために学問がひとつ立っている。それが王様と呼ばれる意味です。


ケイ素は、なぜ生命になれなかったのか

序章で、この連載の14元素が縦の列で対になっているとお話ししました。その1組目が、炭素(C)とケイ素(Si)です。

ケイ素も、同じ14族。手は4本です。

そして量でいえば、勝負になりません。地殻の重さのうち約28%がケイ素で、炭素は約0.02%。千倍以上の差で、炭素は負けています。

それなのに、地球の生命は例外なく炭素でできています。SF映画に出てくる「ケイ素生命体」は、いまのところどこにもいません。

なぜでしょうか。

同じ4本の手。酸素と出会ったあとが、違った

炭素とケイ素は周期表の同じ列(14族)で、どちらも手は4本です。どちらもゆっくり回っています。つかんで動かせば自分で回せます。2つは同じ縮尺で描いてあります。

CO₂ 二酸化炭素 3個で、終わり
SiO₂ 二酸化ケイ素(石英) 終わりが、来ない
CO₂−78.5℃で気体になる
SiO₂1600℃を超えないと溶けない
-150℃0℃1800℃

白く抜いた細い帯が、水が液体でいられる範囲(0〜100℃)です。私たちの世界は、この物差しの左端に押しこまれています。

炭素とケイ素は、どちらも手が4本です。それでも一方は吸って吐ける気体になり、もう一方は動かない岩になりました。分かれ道は、酸素と出会ったときに二重結合を作れるかどうかだけです。地殻の重さの約28%はケイ素で、炭素は約0.02%。量では千倍以上の差で負けている炭素が生命の材料になれたのは、めぐって戻ってこられたからです。

CO₂ は直線・C=O 1.162 Å(NIST CCCBDB 収録の実験値、Herzberg 1966)。石英側は結晶構造そのものではなく、実測の Si–O 1.6092 Å と Si–O–Si 143.73°(Levien, Prewitt & Weidner 1980, Am. Mineral. 65, 920–930)から、隅を共有する SiO₄ 四面体を組み立てたものです(組んだあとに距離と角度を測り直して確認しています)。球の大きさは共有結合半径(Cordero et al. 2008)。ケイ素も特別に大きな置き換え基で守れば二重結合を作れます(West, Fink & Michl 1981)が、ふつうの条件では作りません。地殻の存在度と融点は概数です。

分かれ道は、たったひとつです。酸素と出会ったときに、二重結合を作れるかどうか。

炭素は酸素と二重結合を作れます。手を2本ずつ差し出せば、酸素2個で4本すべてが埋まる。原子3個で完結して、それ以上は何とも結びつきません。そのため二酸化炭素は、小さな粒のまま空気中を漂っていられます。

ケイ素は炭素より一回り大きく(原子の半径で 1.11 Å 対 0.76 Å)、ふつうの条件では二重結合を作りません。手を1本ずつしか使えないので、酸素4個と単結合でつながります。ところがその酸素は、また別のケイ素ともつながる。そのケイ素にはまた4本の手があって……と、どこまでも続いてしまうのです。

行き着く先が、岩であり、砂です。

図の下の物差しを見てください。二酸化炭素は −78.5℃ で気体になります。二酸化ケイ素(石英)は、1600℃を超えないと溶けません。同じ列の、隣どうしの元素です。それが酸素と出会っただけで、1700℃近い差がつきました。

生命に必要だったのは、行って、帰ってこられる材料です。二酸化炭素は空気に漂い、植物に吸われ、また空気へ戻る。二酸化ケイ素は、いちど岩になったらそこから動きません。

炭素は生き物になり、ケイ素は大地になった。同じ4本の手を持ちながら、片方が生命を、もう片方が地面を作っているのです。

ノート「ケイ素は二重結合を作らない」は、言い切りすぎです

特別に大きな置き換え基でまわりを守ってやれば、ケイ素も二重結合を作れます。1981年に West・Fink・Michl が最初に取り出しました。ただし、それは化学者が手を尽くして初めて成り立つ話で、海の中や地面の中では起こりません


同じ炭素、違う顔

さて、テナントの一行に戻ります。ダイヤモンドと炭は同じ炭素で、違うのは結晶の形だけ。

では、その「形」とは何でしょうか。

同じ炭素。並べ方だけが違う

どちらも炭素だけでできています。原子は1個も違いません。ゆっくり回っています。つかんで動かせば自分で回せます。2つは同じ縮尺で、薄い玉は「切り口。この先も続く」という意味です。

ダイヤモンド 4本とも、使い切る
黒鉛(鉛筆の芯) 3本で平ら。4本目は、みんなのもの
層の中の結合
1.4226 Å
層と層のすきま
3.3555 Å
3.40 Å = ファンデルワールス半径2つ分

層と層のすきまは、炭素どうしが「ぶつかるだけ」の距離とほぼ同じです。つまり網の上に網がただ乗っているだけで、結合していません。紙にこすると、いちばん上の網が滑って剥がれ、紙に残る。それが鉛筆の字です。

ダイヤモンドと鉛筆の芯は、まったく同じ炭素です。原子は1個も違いません。違うのは並べ方だけで、片方は地球上でいちばん硬いものになり、もう片方は指でこすれば紙に色を残すものになりました。そして、もうひとつ。常温常圧では黒鉛のほうが安定です(標準生成ギブズエネルギーの差は 2.9 kJ/mol)。ダイヤモンドは、いつか黒鉛に変わるはずのものが、変化があまりに遅いために永遠に見えているだけなのです。

座標は実測の格子定数から起こしたものです。ダイヤモンドは面心立方+(¼,¼,¼) の構造で a=3.567 Å(C–C=a√3/4=1.5445 Å)、黒鉛は蜂の巣格子の AB 積みで a=2.464 Å・c=6.711 Å(層内=a/√3=1.4226 Å、層間=c/2=3.3555 Å)。炭素のファンデルワールス半径 1.70 Å は Bondi (1964)。球の大きさは共有結合半径(Cordero et al. 2008)で、2つの図は同じ縮尺です。薄い玉は切り口にあたる原子(手が足りていないもの)で、実物はその先も続いています。

ダイヤモンドは、炭素が4本の手をすべて使って、隣の炭素と正四面体につながった網です。立体なので、どの向きから押しても、必ず支える方向があります。地球上でいちばん硬い物質になったのは、そのためです。電気は通しません。電子が全部、結合に使われてしまっていて、動ける電子が1個も残っていないからです。

黒鉛——鉛筆の芯——では、炭素は3本の手だけを使い、六角形の平らな網を作ります。

ここで意外なことが起こります。網の中の炭素どうしの距離は 1.4226 Å。ダイヤモンドの 1.5445 Å より短いのです。短いということは、強いということです。

柔らかいはずの鉛筆の芯のほうが、結合そのものはダイヤモンドより強い。

では、なぜ柔らかいのか。答えは、網と網のあいだにあります。

図のいちばん下の物差しを見てください。層と層のすきまは 3.3555 Å。そして炭素という原子が「ぶつかるだけ」の距離——ファンデルワールス半径2つ分——は 3.40 Å

ほとんど同じです。

つまり網の上に網が、ただ乗っているだけなのです。結合は1本もありません。前回、水がくっつく理由のところで出てきたファンデルワールス力——弱いけれど、触れているものすべてに働く力——だけが、層と層を押さえています。

紙にこすると、いちばん上の網が滑って剥がれ、紙の繊維に引っかかって残る。

それが、鉛筆の字です。

余った4本目の電子は、平らな網の全体に広がっています。動ける電子があるということは、電気が流れるということです。ダイヤモンドは絶縁体で、鉛筆の芯は電気を通す。同じ炭素なのに、です。

ノートダイヤモンドは、永遠ではありません

常温常圧では、実は黒鉛のほうが安定です(標準生成ギブズエネルギーの差は 2.9 kJ/mol)。つまりダイヤモンドは、いつか黒鉛に変わるはずのものなのです。変化があまりに遅いために、永遠に見えているだけです。


あなたの骨組みは、炭素です

地殻に炭素は、0.02% しかありませんでした。ケイ素に千倍以上の差をつけられた、あの数字です。

ところが——あなたの体は、18.5% が炭素です。

元素 体重に占める割合
酸素 約 65%
炭素 約 18.5%
水素 約 9.5%
窒素 約 3.3%

上の4つで 96% を超えます。炭素は、酸素に次いで2番目です。

地面にひとすくいぶんも無かったものが、体の中では5分の1近くを占めている。私たちは、地面にほとんど無いものを選んで、それで自分を組み立てているのです。

DNAも、タンパク質も、脂肪も、骨組みは炭素の鎖です。炭素の4本の手が作る立体的な骨組みが、そのまま「生き物の形」になっています。

面白い話をひとつ。炭水化物という名前は、「炭素(炭)+水」という意味です。ブドウ糖の分子式 C₆H₁₂O₆ を C₆(H₂O)₆ と書き直せる——そう見えたので、19世紀の化学者は「これは炭に水がくっついたものだ」と考えました。

実際には水はくっついていません。19世紀の勘違いが、そのまま名前として残っているのです。

SF映画で、宇宙人が地球人を「炭素ベースの生命体」と呼ぶ場面があります。あれは演出でも比喩でもなく、科学的にまったく正しい表現です。


風から生まれて、風に還る

では、あなたの体を作っているその炭素は、どこから来たのでしょうか。

風から生まれて、風に還る

炭素は絶えずめぐっています。箱や矢印にカーソルを合わせる(スマホはタップ)と、その中身が下に出ます。

光合成 約120呼吸・分解 約120海が吸う 約80海が出す 約80約11.5(戻りなし)大気約 880陸(植物と土)約 2,150約 37,000化石燃料・土地利用人間が掘り出す分行き 120 = 帰り 120 / 行き 80 = 帰り 80ここは、ずっと釣り合ってきた毎年 約 5.5 がたまる出した約11.5のうち、海が約3・陸が約2を吸う単位はすべて GtC/年(GtC=10億トンの炭素)。矢印の太さは量に比例。

ここを混ぜてはいけません。二酸化炭素の分子1個が入れ替わるのに数年。これは上の計算どおりです。ですが、増えた総量がならされて元に戻るには数百年以上かかります。この2つはまったく別の話です。「すぐ入れ替わるのだから、増えた分もすぐ消える」——とはなりません。入れ替わるのはどの分子がそこにいるかであって、何個いるかではないためです。

植物は空気から年に 約120 を取りこみ、呼吸と分解でほぼ同じだけ返します。海も 約80 を吸って、ほぼ同じだけ出します。行きと帰りが釣り合っているので、大気の量は変わってきませんでした。大気の炭素は 約 4.4 年ですっかり入れ替わる勘定で、つまりあなたの体の炭素も、数年前までは空気だったのです。そこへ、片道の矢印が1本加わりました。細く見えますが、戻りがありません。

数値はすべて概数です。貯蔵量と自然の出入り(光合成・呼吸・海面での交換)はIPCC 第6次評価報告書 第1作業部会 第5章の炭素循環図にもとづきます。人間が出す分は Global Carbon Budget 2025 の 2025年見通し(化石 38.1 GtCO₂=約10.4 GtC、土地利用 4.1 GtCO₂=約1.1 GtC)。海と陸が吸う割合は 2015–2024 年平均で海 29%・陸 21%。「約4.4年」は大気の量を毎年の出入りで割った目安であって、増えた分が元に戻るまでの時間ではありません。

出発点は、空気です。

植物は、空気中の二酸化炭素を吸いこんで、自分の体に変えます。年に約120(10億トンの炭素)。それを動物が食べ、それを私たちが食べる。息を吐き、やがて命を終えて分解されるとき、炭素は再び二酸化炭素として空気へ戻ります。年に、約120。

行きと帰りが、釣り合っています。 海も同じで、約80を吸って、約80を出しています。

この釣り合いのおかげで、大気の炭素の量は変わってきませんでした。

そして——ここが少し不思議なところですが——大気には炭素が約880あり、毎年およそ200が出入りしています。割り算をすると、約4.4年

つまり大気の炭素は、4〜5年ですっかり入れ替わっているのです。

いまあなたが吸っている空気の炭素は、数年前には葉っぱの中か、海の中にありました。そしてあなたの体を作っている炭素も、たどっていけば、数年前には空気だったものです。

私たちは土から生まれるというより、風から生まれて、風に還る存在なのかもしれません。

そこへ、片道の矢印が1本、加わりました。

化石燃料を燃やして約10.4、森を切るなどして約1.1。あわせて年に約11.5です。光合成の10分の1ほどしかなく、図でも細い線にしかなりません。

ですが、決定的な違いがあります。この矢印には、戻りがありません。

半分ほどは海と陸が吸ってくれます。残る約5.5が、毎年たまり続けています。


なぜ二酸化炭素だけが、熱をつかまえるのか

ここで、多くの人が引っかかる疑問があります。

空気の78%は窒素、21%は酸素です。二酸化炭素は 0.04% しかありません。なぜ、そんな少数派が地球の気温を決められるのでしょうか。

答えは、分子の揺れ方にあります。この図は、動かさないと原理的に伝わりません。

なぜ二酸化炭素だけが、熱をつかまえるのか

5つとも揺れています。そのうち3つは同じ二酸化炭素で、揺れ方だけが違います。カーソルを合わせる(スマホはタップ)と、その揺れの事情が下に出ます。

N₂ 窒素・伸びちぢみ 2359 cm⁻¹= 4.24 μm 素通り
CO₂ 二酸化炭素・逆向きに伸縮 2349 cm⁻¹= 4.26 μm つかまえる
O₂ 酸素・伸びちぢみ 1580 cm⁻¹= 6.33 μm 素通り
CO₂ 二酸化炭素・対称に伸縮 1333 cm⁻¹= 7.50 μm 素通り
CO₂ 二酸化炭素・折れ曲がる 667 cm⁻¹= 14.99 μm つかまえる
cm⁻¹(波数)とは、「1 cm のあいだに波が何個入るか」です。数が大きいほど波は短くなります。波長との関係はただの割り算で、波長(μm)= 10000 ÷ 波数(cm⁻¹)。たとえば 10000 ÷ 667 = 15.0 μm。化学では分子の揺れのテンポを cm⁻¹ で、気象では光を μm で呼ぶ習わしなので、この2つは同じものの言い換えだと思ってください。
そして分子は、自分の揺れとテンポが合った波長の光だけを吸います(共鳴)。ブランコを押すのと同じで、合っていない間隔で押しても大きくなりません。ですから「この揺れは、この波長だけを吸う」という一対一の対応ができます。
2500200015001000750500400300波数(cm⁻¹)CO₂ の「く」の字667 cm⁻¹ = 15.0 μm地球の熱の山(頂上 10.1 μm)0510152025303540波長(μm)出す強さ

オレンジ色の丸が電気の偏りが生まれる揺れ、灰色の丸が生まれない揺れです。丸の高さが、そのままその波長に地球が出している熱の量になります。上の軸(波数 cm⁻¹)と下の軸(波長 μm)は同じ位置を指していて、目盛りの間隔が違うのは、両者が逆数の関係だからです。

揺れ方 波数 波長 電気の偏り そこにある地球の熱 結果
N₂ 伸びちぢみ 2359 cm⁻¹ 4.24 μm 生まれない 8 素通り
CO₂ 逆向きに伸縮 2349 cm⁻¹ 4.26 μm 生まれる 8 つかまえる
O₂ 伸びちぢみ 1580 cm⁻¹ 6.33 μm 生まれない 54 素通り
CO₂ 対称に伸縮 1333 cm⁻¹ 7.50 μm 生まれない 79 素通り
CO₂ 折れ曲がる 667 cm⁻¹ 14.99 μm 生まれる 72 つかまえる

熱をつかまえるには、①電気の偏りが生まれること②その波長に地球の熱があることの両方が要ります。①だけでは吸うものが来ず、②だけでは吸う仕組みがない。両方そろっているのは、いちばん下の1行だけです。

空気の 99% を占める窒素と酸素は、どれだけ揺れても左右対称のままなので偏りが生まれません。二酸化炭素でさえ、対称に伸びちぢみする揺れ方(7.50 μm、地球の熱がいちばん豊富な帯)では素通りさせます。逆に、偏りが生まれる逆対称の揺れ方は 4.26 μm——そこに地球の熱がほとんどありません。残ったのは、折れ曲がる揺れ方ひとつ。667 cm⁻¹ = 15.0 μm で偏りが生まれ、しかもそこは地球が山の頂上の7割の強さで熱を出している場所です。この一致が、地球の気温を決めています。

結合長は N–N 1.098 Å/O–O 1.208 Å(Huber & Herzberg 1979)、CO₂ は C=O 1.162 Å・180°(Herzberg 1966)。振動数は CO₂ 667・1333・2349 cm⁻¹、N₂ 2359 cm⁻¹、O₂ 1580 cm⁻¹(いずれも NIST CCCBDB 収録の実験値。1333 cm⁻¹ と N₂・O₂ は赤外不活性)。波長は 10000÷波数 で換算しました。「地球の熱」は 15℃(288.15 K)の黒体をプランクの式で計算した強さで、ピーク(10.06 μm、ウィーンの変位則)を 100 とした相対値です。帯の幅(13.5〜17.0 μm)は 667 cm⁻¹ の吸収帯のおおよその広がりで、ここに入るエネルギーは地球が出す赤外線全体の約 16% にあたります。揺れの振れ幅は実物よりずっと大きく、速さもずっと遅くしてあります(実際は毎秒 10 兆回ほど)。変位は重心が動かないように重さで釣り合わせてあります。玉はこの図だけ小さめ(共有結合半径の0.52倍、ほかの図は0.72倍)に描いてあります。窒素は結合が短く原子が大きいので、同じ大きさのままでは動きが見えないためです。

まず、単位の話をさせてください

図に cm⁻¹(毎センチメートル)という見慣れない単位が出てきます。これは波数といって、意味はとても素朴です。

1 cm のあいだに、波が何個入るか。

667 cm⁻¹ なら、1 cm に波が 667 個。数が大きいほど、波は短くなります。

波長との関係は、ただの割り算です。

波長(μm)= 10000 ÷ 波数(cm⁻¹)

1 cm = 10000 μm なので、10000 を波の個数で割れば、波1個の長さが出ます。667 なら 10000 ÷ 667 = 15.0 μm

化学では分子の揺れを cm⁻¹ で、気象では光を μm で呼ぶ習わしになっているだけで、この2つは同じものの言い換えです。この記事では、両方を並べて書くことにします。

分子は、テンポの合った光だけを吸う

なぜ「この揺れは、この波長を吸う」と決まるのでしょうか。

分子の揺れには、決まったテンポがあります。光にもテンポがあります。そして——この2つが合ったときだけ、エネルギーが移ります

ブランコを思い浮かべてください。押すタイミングがブランコの往復と合っていれば、ブランコはどんどん大きく揺れます。合っていない間隔で押しても、大きくなりません。分子と光の関係も、これとまったく同じです。共鳴といいます。

そして、もうひとつ条件があります。押すための取っ手が要るのです。

光がつかむ取っ手にあたるのが、電気の偏りです。分子の中で+の側と−の側が偏っていて、それが揺れとともに変化する——そのときだけ、光は分子を押すことができます。

条件は、2つあります

ここまでをまとめると、こうなります。熱をつかまえるには、

  1. 揺れたときに電気の偏りが生まれること(左右対称のままなら、生まれない)
  2. その揺れの波長のところに、地球の出す熱が実際にあること(吸う力があっても、吸うものが来なければ意味がない)

図の5つを、この2つで見ていきましょう。

窒素(2359 cm⁻¹ = 4.24 μm) — 同じ原子2個なので、伸びても縮んでも左右が同じまま。偏りは生まれません。しかも 4.24 μm は、地球がほとんど熱を出していない場所です。二重の意味で、関係がありません。

酸素(1580 cm⁻¹ = 6.33 μm) — 理由は窒素と同じで、偏りが生まれません。ただし 6.33 μm には、地球の熱がそこそこあります(山の頂上の 54%)。熱はあるのに、吸う仕組みが無い。

ここまでで空気の 99%。空気のほぼ全部が、熱に対して透明です。

では二酸化炭素はどうか。ここが面白いところで、二酸化炭素も揺れ方によります

対称に伸びちぢみする揺れ(1333 cm⁻¹ = 7.50 μm) — 2つの酸素が同時に外へ出て、同時に戻ります。左右の引っぱりが打ち消し合うので、偏りが生まれません。しかも 7.50 μm は、地球の熱がいちばん豊富にある帯(頂上の 79%)です。それでも吸いません。二酸化炭素でさえ、この揺れ方では素通りさせるのです。

逆向きに伸びちぢみする揺れ(2349 cm⁻¹ = 4.26 μm) — こんどは酸素2個が同じ向きへ、炭素が逆へ動きます。片方の結合が伸びて、片方が縮む。左右の対称が崩れるので、偏りは生まれます。吸う力はあるのです。ところが 4.26 μm には、地球の熱がほとんどありません(頂上の 8%)。吸えるのに、吸うものが来ない。

そして最後。

折れ曲がる揺れ(667 cm⁻¹ = 14.99 μm) — 2つの酸素が上へ、炭素が下へ動いて、分子が「く」の字に折れます。折れた瞬間に左右の対称が崩れ、偏りが生まれる。そして地球は 15 μm のあたりで、山の頂上の 72% にあたる強さで熱を出しています。

2つの条件が両方そろうのは、この揺れ方ひとつだけです。

図の下の表を見てください。5行のうち、「偏りが生まれる」と「そこに熱がある」の両方に○がつくのは、いちばん下の1行しかありません。

赤外線がここにぶつかると、共鳴して揺れがさらに大きくなり、エネルギーが分子に吸い取られます。宇宙へ逃げるはずだった熱が、途中で捕まる。これが温室効果の正体です。

決めているのは、分子の名前ではありません。揺れ方が左右対称かどうかと、その波長に地球の熱があるかどうか。この2つだけです。そして 667 cm⁻¹ という数字が、たまたま 15 μm に——地球が熱を捨てている、まさにその帯に——落ちてしまった。

この帯に入るエネルギーだけで、地球が出す赤外線全体の約16%にあたります。


1万個のうち、4個

最後に、量の話をします。

第1回では、宇宙の原子を100個ならべました。今度は、空気の分子を1万個ならべてみます。

1 万個のうち、4 個

#1 では点100個で宇宙を描きました。今度は1万個で空気を描きます。ひとかたまりにカーソルを合わせる(スマホはタップ)と、その中身が下に出ます。

空気の分子を 1 万個ならべるといちばん最後の 10 個を、横いっぱいに引き伸ばすと2.8 個1.4 個もとから(280 ppm)人間が足した(142.8 ppm)↑ 1 万個のうち、これだけ
窒素 N₂ 7,807 個酸素 O₂ 2,095 個アルゴン Ar 93 個その他 0.3 個CO₂(もとから) 2.8 個CO₂(人間が足した分) 1.4 個
空気の分子を1万個ならべると、窒素が約7,807個、酸素が約2,095個、アルゴンが約93個。そして二酸化炭素は4個です。そのうち産業革命の前からあったのが2.8個人間が足したのが1.4個。たった1.4個、と思うかもしれません。ですが、その2.8個があったからこそ地球は平均15℃に保たれてきたのです。そこへ5割増しを足せば、気温が動かないほうがおかしい。少ないことと、効かないことは、別のことです。

乾燥空気の体積比です。二酸化炭素は 422.8 ppm(NOAA 世界平均、2024年)、産業革命前は 280 ppm。アルゴン 9,340 ppm、酸素 209,460 ppm、その他(ネオン・ヘリウム・メタンなど)約 27 ppm、窒素は残りとして計算しています(78.07%、よく載っている 78.084% とほぼ一致します)。世界の平均気温は 1850–1900 年より約 1.09℃ 高くなりました(2011–2020年の平均、IPCC 第6次評価報告書)。近年は単年で 1.5℃ を超えた年もあります。図では 1 万個を 200 列 × 50 行に並べ、同じ気体が続くところは帯にまとめて描いています(端数もそのままの幅で描いてあります)。

窒素が約7,807個。酸素が約2,095個。アルゴンが約93個。

そして二酸化炭素は——4個です。

そのうち、産業革命の前からあったのが2.8個人間が足したのが1.4個

たった1.4個。それだけのことで気候が変わるはずがない、と思われるかもしれません。

ですが、順序が逆なのです。

その2.8個があったからこそ、地球は平均15℃という、生き物が住める温度に保たれてきました。 もし二酸化炭素がまったく無ければ、地球は凍りついています。1万個のうち2.8個が、それだけの仕事をしていたのです。

そこへ1.4個——5割増し——を足しました。

気温が動かないほうが、おかしいのです。

少ないことと、効かないことは、別のことです。


敵ではありません

こう書くと、炭素が悪者に見えてくるかもしれません。

けれども、炭素は現代の暮らしを底から支えている元素でもあります。服の合成繊維も、スマートフォンの筐体も、容器も道具も、病気を治す薬も、原料をたどれば炭素の化合物です。石油の主成分は炭素であり、それを精製して形を変える技術が、私たちの生活を成り立たせています。

そして何より、あなた自身が炭素でできています。

敵にまわす相手ではないのです。問題は炭素そのものではなく、片道になってしまった矢印のほうです。地下に埋められた炭素を、200年で掘り出して空へ戻した。循環の速さが、桁ちがいに合っていない。

炭素の4本の手が何をしているのかを知り、その循環に戻していく。それが、炭素でできた生き物である私たちの、いちばん自然な仕事なのだろうと思います。

今日、鉛筆を持つことがあったら、少しだけ思い出してみてください。その芯の一枚一枚は、ダイヤモンドと同じ原子でできていて、しかもその結合はダイヤモンドより強い。ただ、重なった網どうしが手をつないでいないだけです。

そして、その炭素も。数年前までは、あなたが吸っていた空気でした。


次回は

第3回は、酸素(O)です。

あなたの体の 65% を占める、いちばん多い元素。そして今回、炭素とケイ素の運命を分けた張本人でもあります。

ところがこの酸素、放っておけば消えてしまう気体です。鉄を錆びさせ、木を朽ちさせ、何かと結びついて姿を消す。それが空気の2割を占め続けているのは、いまこの瞬間も誰かが作り続けているからでした。

そのうえ、この気体は毒です。あなたの体は炭素と水素の塊——材料でいえば紙や木とほとんど同じなのに、なぜ燃えずにいられるのか。錆びる、燃える、老いる——この3つが実は同じ現象であることも、あわせてお話しします。


もっと知りたい人へ

  • ダイヤモンドが炭素であることの証明:Tennant, S. (1797) “On the Nature of the Diamond” Philosophical Transactions of the Royal Society of London, 87, 123–127(全文が無料で読めます。DOI: 10.1098/rstl.1797.0005)
  • 炭素の命名:Guyton de Morveau, Lavoisier, Berthollet, Fourcroy 『化学命名法』(1787、パリ・Cuchet 刊)(原本の全文が無料で読めます)
  • 分子の形(結合の長さと角度):NIST Computational Chemistry Comparison and Benchmark Databaseこの記事の分子はすべて、ここに収録された実験値から立体を組んで描いています(CH₄ 1.087 Å・109.47°、NH₃ 1.012 Å・106.67°、H₂O 0.958 Å・104.48°、CO₂ 1.162 Å・180°、N₂ 1.098 Å、O₂ 1.208 Å)
  • 原子の大きさ:Cordero, B. et al. (2008) “Covalent radii revisited” Dalton Transactions, 2832–2838。図の球の大きさはこの共有結合半径そのものです
  • 石英の骨組み:Levien, L., Prewitt, C. T. & Weidner, D. J. (1980) “Structure and elastic properties of quartz at pressure” American Mineralogist, 65, 920–930(PDF。Si–O 1.6092 Å、Si–O–Si 143.73°)
  • ケイ素の二重結合:West, R., Fink, M. J. & Michl, J. (1981) “Tetramesityldisilene, a Stable Compound Containing a Silicon-Silicon Double Bond” Science, 214, 1343–1344
  • 炭素循環:IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会 第5章、および Global Carbon Budget(人間が出す分の最新の値。2025年の見通しは化石燃料 38.1 GtCO₂)
  • 大気中の二酸化炭素:NOAA Global Monitoring Laboratory(世界平均。年平均が確定している最新は2024年の 422.8 ppm。月平均では2026年5月に 428.73 ppm)
  • 世界の平均気温:IPCC 第6次評価報告書。1850–1900年に対して、2011–2020年の平均で約 1.09℃ 高い
  • 元素の存在度(人体・地殻):Emsley, J. Nature’s Building Blocks: An A-Z Guide to the Elements, Oxford University Press